イエス・キリストは実在したのか?歴史的な謎が生まれるワケ

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今回は、イエス・キリストが実在したかという謎について迫っていきたい思います

イエス・キリストは、紀元前4年頃~紀元後30年頃まで実在していた言われていますが、その生涯は多くの謎に包まれています。

ここでは、イエス・キリストの生涯や実在が疑われてしまう理由について解説をしていきます。

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イエス・キリストの生涯

イエス・キリストは、今から2000年前に聖母マリアの処女降誕によって誕生しました。

実際、今では、12月25日がイエス・キリストの生誕を祝うクリスマスとしてお祝いをされていますが、実際の誕生日は謎だと言われています。

そして、イエス・キリストは、神の子として、その大いなる愛と数々の奇跡によって、多くの弟子たちを集めていきました。

しかし最後は、自らをユダヤ人の王と名乗り、世を惑わした罪を着せられ、ローマ政府によって十字架の刑で殺されてしまいます

ところが、死後3日後に、復活し、40日間を掛けてバラバラになった弟子たちを再度、集めていきました。

そこからキリスト教という世界四大宗教の一つと呼ばれる強力な宗教が始まっていったのです

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イエス・キリストが実在しないと言われる理由

イエス・キリストは、実在しないのではないかと言われる理由・・・

それは、歴史的に実在する直接的な証拠が何もないからです。

そもそも、イエス・キリストは大工の息子として生まれ、最後は、一人の罪人として、その短い生涯を終えていきました。

もちろん、結婚をする前に殺されてしまったので、子孫も残ってはいません

(実は、マグダラのマリアとの間に子供がいて、子孫が残っているという噂もありますが、都市伝説の域は出ていないので、子孫はいないと言って良いでしょう。)

ですから、歴史的な証拠が残っていないのはある意味当然かもしれません。

そのため、イエスの生涯について書かれた書物は、聖書のみとなります。

なので、そこで、イエスの実在を疑う人達は、

「その聖書は、架空の人物について書かれたのではないか?」

という話をしてきた訳です。

実際、イエス・キリストは、死んだ人を蘇らせたり、水の上を歩いたりと、常識を超えた記録が聖書には残っています。

さらに、イエス・キリストの墓は、エルサレムの聖墳墓教会や園の墓であるとされていますが、イエス・キリストは十字架でなくなった後、復活をしたので、地上に遺骸はないと言われています

こういった話もイエス・キリストの実在を疑う人から見れば、非常に怪しく見える訳ですね。

聖書から見るイエスの実在性

ですから、イエス・キリストが実在したかどうかをはっきりさせるには、聖書に書かれていることが、どれだけ信ぴょう性があるのかということを考えていく必要があります。

聖書には、以下のようにイエス・キリストの生涯を記述した四大福音書があります。

  • マタイによる福音書
  • マルコによる福音書
  • ルタによる福音書
  • ヨハネによる福音書

この中で、一番最初に書かれたのが、マルコによる福音書だと言われています。

実際に書かれたのは、西暦70年頃、イエスが西暦30年頃、十字架に処せられたと考えればイエスの死後40年経ってからということになります。

また、聖書で福音書と並んで有名なのが、パウロの書簡です。

使徒パウロは、イエスの死後、復活したイエスと出会い、改心し、キリスト教徒(クリスチャン)になった人物です。

パウロが書簡を記したのは、西暦50年頃と言われているのでイエスの死後20年経ってから書かれた計算になります。

さらに、聖書では、四大福音書の後に、イエスの死後から、パウロが逮捕されるまでの出来事が記された使徒行伝というものがあります。

パウロが逮捕された後、処刑された記述がないところから考えれば、パウロが処刑される前から書かれ始めたということになります。

パウロが処刑されたのは、西暦65年頃と言われていますから、イエスの死後35年経つ以前に書かれたということになります。

つまり、これらのものは、いずれも、イエスの死後20~40年経った時ぐらいに書かれたということになります。

そういった点から、イエスの実在が曖昧だという考え方が出て来るのは、ある意味、しょうがないのかもしれません。

ただ、その時代は、イエスが生きていた頃の記憶を持っている人たちはたくさんいたと考えらます。

ですから、仮に架空の人物をでっち上げていれば、それに反対する歴史文書や社会運動の記録が残っていたであろうという話もあります。
(もちろん、そういう記録は残っていません)

もし、イエスが実在していなかったから・・・

逆にイエス・キリストが実在せず、架空の人物であったとしましょう。

そうなると、現在、世界中に20億人以上いるというキリスト教信者の人達は、みんな騙されているという話になります。

そんなことって可能なのでしょうか?

キリスト教の歴史は、イコール殉教の歴史とも言えます。

イエス・キリストを崇拝しながら、信仰を守るために死の道を選び、ライオンに食べられたり、はりつけにされたり、火あぶりにされたり・・・

そんな信徒たちは、架空の人物に騙されていたというのでしょうか。

そう、考えると、イエスは実在しなかったと信じるのは、かなり、非現実的な考え方だとも言えます。

証拠がないからというのは弱い論理

「証拠がないから、イエス・キリストは実在しない」というのは、一見、論理的に見えながらも、実は、限りなく弱い論理と言えます。

「もしかしたら、証拠はあるのかもしれない」という可能性は100%否定できません。

一つでも確実な証拠が出てくれば、イエス・キリストは実在しないという推測は、ガラガラと音を立てて崩れるからです。

人は、自分が理解できないものに出くわすと、それを否定してしまうことが多いです。

ただ、私たちが住んでいる世界には、分からないことが本当にたくさんありますので、そこは謙虚に捉えて、考えていきたいものですよね。

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