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軍艦島は、2015年7月に世界文化遺産として登録されました。

軍艦島は、正式名を端島(はしま)という長崎県の島で、廃墟ブームで、話題に上がる代表的なスポットとしても有名です。

でも、何で閉山して廃墟になってしまっているのでしょうか?

そして、廃墟になっているということはやっぱり幽霊がいる心霊スポットになってしまっているのでしょうか?

立ち入り禁止区域がある理由ももしかして・・・

ということで、今回は、軍艦島の歴史や心霊話の真偽について、簡単にまとめてみました。

炭鉱と共に発展した島

軍艦島は、炭鉱で栄えた島です。

(と書けば、廃墟になった理由がすぐ分かると思いますが)

軍艦島、すなわち端島がいつ発見されたかは定かではありませんが、島で石炭が発見されたのは、1810年と今から約200年前と言われています。

それから、三菱が島を買い取り、石炭の採掘所としての歴史が本格的に始まっていきます。

鉄筋コンクリートの住宅が初めて作られた島

軍艦島は、1916年に日本で初めて鉄筋コンクリート造の住宅が作られたところでも有名です。

また、この頃から、島の形が、日本海軍の戦艦”土佐”に似ているということから、「軍艦島」という愛称で呼ばれるようになります。

その一方、大正時代から第二次世界大戦の頃に掛けて、朝鮮や中国からやってきた労働者も集まってきます。

そこで、労働環境が過酷なため、脱出を試みるも、途中で溺れ死んでしまう人達が、たくさんいたことから、「監獄島」と呼ばれていたことも・・・

ここら辺は、ある意味、軍艦島の負の歴史とも言えますし、世界遺産の登録を推進していこうとする中で、ネックになってくる部分かもしれません。

閉山して廃墟と化した理由

軍艦島は、1941年が最盛期と呼ばれていて、この年は、約41万トンの石炭が採れ、人口も5,267名まで増えます。

最盛期は、世界一の人口密度(東京特別区の9倍以上)を誇っていたと言いますから、いかに発展していたかが分かりますね。

軍艦島は、炭鉱の島として、小中学校、病院、映画館、美容院、パチンコ屋、雀荘、寺院など、様々な施設も作られました。

ところが、日本のエネルギーの中心が、石炭から石油へ移行していく中で、出炭量も人口も減少の一途を辿りました。

そういった理由から、1974年には閉山、住民も島を離れ、実質的な無人島となり、軍艦島は廃墟と化していったのでした。

観光地としての発展

しかし、その後、廃墟ブームなどもあり、島への関心が高まる中で、2009年から観光地として解禁され、観光客は年々増え続けています。

(ただ、軍艦島へ行く船は、風や波の影響で、船が欠航になることがよくあり、季節によっては、上陸率が30%台まで落ち込んでしまうこともあります)

ストリートビューでも見られる軍艦島

軍艦島は、Googleのストリートビューでも見ることが出来ます。

見方は簡単、Google Mapで、”軍艦島”か”端島”と検索して、検索結果に出てきた端島の情報に記載されている”ストリートビュー”を検索すれば見られます。

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ストリートビューを作る時の動画はこちら

なかなか臨場感のあるストリートビューを楽しめますよ!

軍艦島に心霊スポット?幽霊はたくさんいる!?

廃墟と言えば、やっぱり想像してしまうのが、幽霊ですよね。

実際、軍艦島は、炭鉱で栄えていた頃、炭鉱事故もたくさん起こっており、400~500名の方が、亡くなったと言われています。

またこの島を脱出しようとして、見つかってしまい、見せしめに拷問された人や自殺した人もたくさんいますし・・・

そういった意味で、幽霊さん達がたくさんいる心霊スポットになっていても、全然、おかしくはないとは思います。

ただ・・・

「さそかし、心霊写真や恐怖体験が、わんさかなんだろうなあ」

と思って、調べてみても、意外とそういう話は少なかったんですよね。

世界遺産に登録しようとしているから、敢えて、そういう話を封印しているのでしょうか。

軍艦島に立ち入り禁止区域がある理由は?

実際、軍艦島は、立ち入り禁止の区域もたくさんあります。

そんな話を聞くと

「やっぱり心霊スポットだからなのか?」

と好奇心が高まるところですよね。

しかし、残念ながら、立ち入り禁止になった理由は、廃墟になった建物が崩れる危険性があるからなんだそうです。

なーんだと思う人もいるかもしれませんが、「実は、それは表向きの理由で、本当は、それ以外の理由があるのでは?」と勘ぐる人もいるかもしれませんね。

機会があれば、是非、軍艦島を訪ねて、確かめてみて下さい^^

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